パラ開会式の義手ヴァイオリニスト伊藤真波さんのwiki経歴や水泳の記録も調査!

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東京パラリンピック開会式で片腕が義手のバイオリニスト、

伊藤真波(いとうまなみ)さんが注目を集めましたね!

 

出典:https://www.tokyo-np.co.jp

 

今回はパラ開会式の義手ヴァイオリニスト伊藤真波さんのwiki経歴や水泳の記録も調査!

 

という事で、片腕のバイオリニスト、伊藤真波さんについて調べました!

 

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東京パラリンピック開会式の伊藤真波さんが凄い!

 

2021年8月24日、東京パラリンピックが開幕しましたね!

 

24日の夜に行われた開会式は賛否両論だったオリンピック開会式とは違い、各方面から大絶賛!

 

特に片手でのバイオリンを披露した

 

伊藤真波(いとうまなみ)さん

 

 

大きな注目が集まりましたよね!

 

確かに、義手でのバイオリンを弾いているのに驚いたね!

 

片手のヴァイオリン奏者、と言われると普通は固定する方が義手、

そして片方の手で弓を操る姿を想像してしまいますが。。。

 

伊藤真波さんは逆!

 

 

 

なんと、義手で弓を持ち、精巧な動きでヴァイオリンを弾くこなすんです!

 

ほんとに凄い!

 

これまでもテレビなどで取り上げられた事がある伊藤真波さん。

 

このパラ五輪開会式がきっかけで、さらなる注目を集めそうですね。

 

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伊藤真波さんのwiki経歴をチェック!

 

そんな伊藤真波さんの経歴をwiki風にまとめてみました!

 

  • 1984年 静岡県出身、5歳から 水泳を始める
  • 2000年 静岡県立清水西高等学校衛生看護科 入学
  • 2003年 静岡県医師会看護専門学校 入学

 

静岡県生まれ、静岡県育ちの伊藤真波さん。

 

幼い頃から看護師に憧れ、高校では看護科に、そして高校卒業後は看護師の専門学校に入学し、夢に向かって頑張っていたそうです。

 

2004年 交通事故に遭い右腕切断。兵庫県立リハビリテーション中央病院にて義手製作に取り掛かる

 

そんな伊藤真波さんを悲劇が襲います。

 

私がバイクに乗っている時にトラックと衝突し、右腕がタイヤに絡んで引き摺られてしまう大事故でした。

一応右腕は残っていたものの、腕の中に砂利や車のオイルが入り込み、病院の先生がタワシで必死に掻き出し、太腿やお腹から筋肉や皮膚を移植する大手術を何十回も繰り返しました。

顔の損傷も激しく、私の顔写真を見ながらパズルのようにパーツを元の位置に戻す手術も行われたんです。

痛みのあまり、何でこんなにしんどいの? 何で私だけ?

という思いでいっぱいでした。友人からメールがきても、「どうせ他人事でしょ。私はもうみんなと同じ世界には戻れない。恋愛もできないし結婚もできない。これからは隠れて生きていくしかないんだ」

と、人と比べてネガティブなことばかり考えていました。

引用:致知出版社

 

大きな交通事故に遭ってしまい、それまでの世界が一変してしまったという伊藤真波さん。

 

当時はそんな自分の状況を受け入れることが出来ず、お父さんやお母さんにも八つ当たりをしてしまったそうです。

 

無理もないよ…

 

3週間ほど経つと、右腕の傷口から入った菌により感染症を患い、右腕を切断せざるを得なくなりました。

「自分はこれから障碍者と呼ばれてしまう」「家に引き籠って生活するようになるんだ」と思い込み、不安でいっぱいでした。

引用:致知出版社

 

と、不安に苛まれた伊藤真波さん。

 

そんな伊藤真波さんが前に向いてあるき出すようになったのは、お母さんがきっかけだったそうです。

 

母ですね。実は、バイクに乗ることを母はずっと反対していたんです。でも、昔から私は自分勝手で、「バイクに乗っても誰にも迷惑かけていないでしょ?」と家族を顧みずに、友達と遊んだりバイトに明け暮れる生活をしてきました。「いい加減にしなさい」と母から何度叱られても、全く聞く耳を持っていなかった。

そんな母が、私の病室に毎日明るく面会に来てくれる一方で、先生から私の病状を聞かされている時は、いまにも泣き出しそうな顔をしていたんです。その顔がいまだに忘れられません。

親孝行一つしていない自分が、このまま両親の面倒になるわけにはいかない。腕を切断して、新しい人生を歩み始めよう。まだ20歳だから人生はこれからだ。そう決意し、実家のある静岡県を出て、義手をつくるために兵庫県神戸のリハビリ専門病院に転院しました。

引用:致知出版社

 

と、そんな状態で親元を離れる事を決意されたそうです。

 

人として強すぎる

 

事故にあったのが2004年の11月、2005年の3月末には神戸のリハビリ専門病院に転院。

 

とにかく強くなりたい

 

とリハビリを繰り返したそうです。

 

  • 2007年 神戸百年記念病院 入職

 

片腕を失っても看護師の夢を諦めていなかった伊藤真波さん。

 

義手でも日常業務を滞りなく行える訓練の末、2006年には看護学校に復帰。

 

そして2007には看護師国家資格を取得し、神戸百年記念病院で国内初の義手看護師として働き始めます。

 

心も体も本当に強い…

 

そして、ここから伊藤真波さんは次々と新しいチャレンジを始めていくんです…!

 

伊藤真波さんはパラリンピック水泳選手でもあった!

 

5歳の頃から水泳をしていた伊藤真波さん。

 

リハビリ中に車椅子バスケットを観戦した事がきっかけで

 

スポーツの力を借りて強い人間になりたい

 

と思い立ち、水泳をまた始めたそうです。

 

そして

 

  • 2008年 北京パラリンピック 100m平泳ぎ 4位 100mバタフライ 8位
  • 2010年 アジアパラリンピック 100m平泳ぎ 2位
  • 2012年 ロンドンパラリンピック 100m 平泳ぎ 8位

 

と、なんと、腰自身も水泳選手としてパラリンピックに出場されていました!

 

 

2010アジアパラでは銀メダルを獲得するなど、世界のトップで戦っていたんですね。

 

伊藤真波選手だった頃の貴重な水着画像も発見!

 

 

うーん、かわいい。

 

  • 2015年 神戸百年記念病院退職

 

2015年にはそれまで勤めていた神戸百年記念病院を退職。

 

全国各地で講演を行いながら、ヴァイオリニストとしても活躍されています。

 

尊敬しかない…!

 

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伊藤真波さんのプロフィールもチェック!

 

最後に、伊藤真波選手のプロフィールもチェックしておきましょう!

 

名前(本名):伊藤 真波(いとう まなみ)
生年月日:1984年
年齢:37歳?
出身地:静岡県
最終学歴:調査中
血液型:調査中
身長:調査中
体重:調査中

東京パラ五輪の開会式で大きな注目を集めた伊藤真波さん。

 

今後の活躍にも要注目ですね!

 

 

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